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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)163号 判決 1969年9月25日

原告 実川正雄

右訴訟代理人弁護士 桐生浪男

被告 東京都葛飾区長 小川孝之助

右指定代理人 坂井利夫

<ほか一名>

主文

本件訴えはいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

一  被告が原告に対し昭和四二年一月七日付ならびに同年七月一五日付でした除却命令を取り消す。

二  被告が原告に対し昭和四三年六月八日付でした行政代執行令書発布行為を取り消す。

(仮に、右が許されないならば、)

三  被告が原告に対し昭和四三年七月一六日付でした除却工事費用納付命令を取り消す。

(さらに、右も許されないならば、)

四  被告が原告に対し昭和四三年八月二六日付でした除却工事費用納付督促行為を取り消す。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一  本案前の申立て

原告の訴えのうち第一項ないし第三項の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  本案に対する申立て

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因ならびにこれに対する答弁書

別紙記載のとおり。

理由

被告が原告に対し昭和四二年一月七日付で原告主張の万年塀のうち別紙図面青線記載の部分につき、また同年七月一五日付で右万年塀のうち同図面朱線記載の部分につき除却を命じ、さらに、昭和四三年六月八日付で行政代執行令書を発布し、同年六月一〇日その除却を完了したこと、その後、被告が原告に対して、同年七月一六日付で除却工事費用納付命令書を発布し、続いて同年八月二六日付で督促状を発したことは、いずれも、当事者間に争いがない。そこでまず、本件各訴えの適否について判断する。

(一)  除却命令取消しの訴え

本件除却命令は、原告の主張に係る万年塀の一部につき、それが建築基準法四四条一項に違反する建築物であるとして同法九条一項に基づいて発せられたものであり、もとより行政代執行法による代執行手続の一環をなす処分ではないが、後記説示のごとく代執行が終了し、すでに当該部分の万年塀が除去された以上、本件除却命令を判決で取り消してみても除却の違法が確定されるだけであって、右の判決によって被告行政庁に直接除去建築物を復元すべき義務が生ずるわけではなく、原状回復の手段としては、別訴で損害賠償を請求するよりほかはないのであるが、原告が右の損害の賠償を求めるには、本件除却命令を取り消し又はその違法を宣言する判決の存在を必要としないこというまでもない。もとより、かかる判決があれば、将来損害賠償請求等の訴訟において有利な判断を受けうる事実上の利益があるとしても、その利益が本件除却命令の「取消しによって回復すべき法律上の利益」に該当しないことは明らかである。

それ故、本件除却命令取消しの訴えは、代執行の終了により、訴えの利益を喪失するにいたったものというべきである。

(二)  行政代執行令書発布行為取消しの訴え

行政代執行は、直接法令の規定によって命ぜられ又は法令の規定に基づく行政庁の命令によって代替的作為義務を負う者がその義務の履行をしない場合において、当該行政庁が行政代執行法等の規定に従い、戒告、代執行令書の発布をしたうえで、自ら義務者のなすべき行為をなし又は第三者をしてそれをなさしめる(代執行行為)ものであるから、代執行行為の完了によって終了するというべきである。ところで、右の代執行令書の発布は、代執行行為の前提要件であって、代執行行為の実施を究極の目的とする代執行という一連の手続を構成する行為であるから、その行為に違法の点があるとしても、代執行の終了によってその目的が消滅し、爾後これを判決で取り消してみても、原状を回復するに由ないものといわざるをえない。

原告は、代執行が終了しても、まだその費用が納付されていない場合には、代執行費用の納付を免かれる意味において、代執行令書発布行為の取消しを求める法律上の利益があると主張する。しかし、代執行費用の納付は代執行に後続し、代執行の終了を前提とするものではあるが、本来代執行とは別個の手続に属する行為であり、このことは、法が「実際に要した費用の額及びその納期日」を定めた納付命令によって費用納付義務を具体的に確定し(たとえば、代執行法五条参照)国税徴収法の例によってこれを徴収する(同法六条一項参照)としていることに徴してもおのずから明らかである。もっとも、本件に適用されるべき行政代執行法によれば、代執行令書には「代執行に要する費用の概算による見積額を記載」してこれを義務者に通知することとなっている(三条二項参照)が、これは、「代執行をなすべき時期を記載」して通知することと共に、実力による公法上の義務の履行の実現を可及的に回避せんとする法意に出たものであって、執行費用の納付徴収そのものが代執行手続の一環を構成することを意味するものではない。したがって、原告が代執行費用の納付を免かれるためには、後記請求にみるごとく、直接納付命令の取消しを求めてその違法を争うことを必要とし、納付命令が取り消されない以上、代執行令書発布行為が取り消されても、それによって代執行費用の納付を免かれる筋合いではないというべきである。

なお、右のほか、原告が本訴において代執行が終了しておらず、仮りに終了したとしても、なお、本件代執行令書発布行為の取消しを求める法律上の利益があるとして主張するところは、独自の見解に基づくか、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は争点訴訟によってその目的を達成することができるものであって、いずれも、本件代執行令書発布行為の「取消しによって回復すべき法律上の利益」に該当しないこと敢えて説明するまでもない。

それ故、本件代執行令書発布行為取消しの訴えは、代執行の終了によって、すでに訴えの利益を失なうにいたったものというほかはない。

(三)  除却工事費用納付命令取消しの訴え

前叙のごとく本件除却工事費用納付命令が昭和四三年七月一六日付の文書で発せられたことは、当事者間に争いがないのであるから、同令書は、遅くとも同月中に原告に送達されたものと推認すべきである。ところで、原告が右命令に対して取消しの訴えの提起したのは前記除却命令及び代執行令書発布行為の取消訴訟係属後たる同年一一月二六日であること記録上明らかであるから本件除却工事費用納付命令取消しの訴えは、本件に適用されるべき行政事件訴訟法一四条一項の定める三か月の出訴期間徒過後の提起に係るものといわざるをえない。

原告は、本件除却工事費用納付命令取消しの訴えは、代執行の違法をその請求原因とするものであるが、右代執行の違法であることは、すでに、適法に提記された前記代執行令書発布行為取消訴訟において攻撃されているのであるから、予備的請求としての本件除却工事費用納付命令取消しの訴えは、出訴期間経過後に提起されたものであるとはいえ、なお、適法たるを失わないと主張する。しかし、前叙のごとく、行政代執行とそれに要した費用の納付とは、本来別個の手続に属し、それぞれ独立の法律効果を有するものであるから、その間に、先行、後続の関係があるとはいえ、先行行然の違法がその行為の取消理由として主張されているにとどまる限り、違法の承継は認められない。したがって、所論のごとく代執行令書発布行為の取消訴訟においてすでに代執行の違法が攻撃されているとしても、その段階で被告に対して当該代執行に要した費用の納付を争う意思が表明されていたとなすことは許されない。

それ故、本件除却工事費用納付命令取消しの訴えは、出訴期間徒過後の提起に係る不適法なものというべきである。

(四)  除却工事費用納付督促行為取消しの訴え

除却工事費用のような代執行に要した費用の納付義務は、前叙のごとく納付命令によって具体的に確定し、その督促は、すでに確定した費用が指定の納期日までに完納されない場合において、当該行政庁が義務者に対し文書をもってその納付を催告する行為であって、滞納処分の前提手続たる意義を有しているとはいえ、それによって、新たに義務を課し又はその範囲を確定する行為ではないから、行政事件訴訟法三条にいう行政処分とみることはできない。

それ故、本件除却工事費用納付督促行為取消しの訴えは、その対象を欠く不適法なものというべきである。

以上の次第で、本件各訴えは、いずれも、不適法であるのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 中平健吉 岩井俊)

<以下省略>

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